患者様の声



はじめに

 私の歯というより歯周病との闘いは、実にすさまじいものだった。本人としてはたいして自覚はなかったが、スウェーデンデンタルセンターに来て治療をお願いしてみると、全然タイプの違った手術だけで四種類。入れたインプラントが七本。時間にしてまる二年。使った治療費がほとんど中年のサラリーマンの年収分というものすごさであった。

 この中には、最近評判のインプラント、失われた歯の周辺組織を再生させるエムドゲイン(実際に組織が再生した)、ダメになった一本の歯を半分にカットし残す治療、さらには枝分かれした奥歯の中まで侵入した菌を空気にさらすことによっておだぶつにさせる手術などが入る。およそ、現在試せる世界最先端の歯周病治療はすべて受けたといっても過言ではない。もちろん、せっかくやったのに歯そのものはダメになった手術もある。

 弘岡先生の話によると、これほど、ひどい状態の歯に出くわしたのも稀という。提灯記事を書く気は毛頭ないのだが、これだけやって、元の健全な状態の歯に戻ったのだからたいしたもの…といえるのではないか。もちろん、インプラントは義歯の一種でそれを口に入れたわけだから、完全には元の歯の状態ではない。しかし、機能そのものは全く同じ状態に戻ったのだ。なにしろ、もっともひどい時分は、キャベツ程度のものを噛んでも歯はあっちへグラリ、こっちへグラリと動き回ったのに、今では硬いせんべいをバリバリ噛んでも何ともない。その意味では間違いなく治療効果は出たと言えるのである。

 今回、私の治療歴が、他の患者さんの参考になるから、ぜひ、そのあらましを書いてみないかと弘岡先生にいわれたので、同病の人の手助けになるかもしれないと思いその申し出を受けることにした。私の駄文にしばしお付き合い願いたい。



保険だけじゃたいした歯の治療を受けられないことを自覚

 私は生まれつき丈夫な歯をもっていたらしく、歯周病になって始めて歯科医にかかるまで、わずか一本しか虫歯にかかったことはない。それゆえ、ごく普通の人のようにごくおそまつな歯磨きでお茶を濁してつつ中年になるまでやってきた。気になることといえば、時々、下の前歯の裏が大きくボロリととれることぐらいだった。あとで気づかされるのだか、このボロリこそ歯周病のもと歯石だったのだ。でも、歯そのものが取れるわけでないのでたいして気に留めないで生きて来た。

 自分の歯が危機的であることに気づいたのは三十代も末の頃だ。ある時、知人たちと何かの打ち上げパーティで骨つきチキンをガブリとやった時のことである。口に入れた骨付きチキンを上下の前歯で噛んだとたん、すごい衝撃がして下の前歯の一本がグニャと曲がった。


指で触ってみると完璧にグラグラしている。鶏の恨みかこりゃやばいと思ったが、その後も、グラグラのまま抜けずにいたので「あーメンドウ。」とばかり放っておいた。


 本格的に自分の歯がいよいよやばいと思ったのは、この数年後、右下奥歯の歯肉のところから何やら骨の破片のようなものが飛び出てからだ。どうもいつもの前歯のボロリとは違う…と感じた。実際、違ったのである。その後、日を経ずしてこの歯に食物があたるとあっちフラフラこっちフラフラ前後左右に大きく動き回る。あまりのことにおもわずこれが歯かよと思った。さすがに、その動きがすさまじいので心配になり近所の歯科医に飛びこんだ。


 レントゲンをとり、この歯科医の先生の話を聞いて、さらにびっくり。この歯はすでに空中浮遊の状態だというのだ。つまり支えていた周りの骨がすべて融けて、歯だけが歯肉の中で浮いている状態だといいうのだ。レントゲンを見ると確かにこの歯の周囲はまったく骨がない。この先生はさらに恐ろしいことを告げた。「この歯だけでなく、この周辺の骨もみな融けていき、早晩、この周辺の歯は軒並み空中浮遊の状態となりゴソっと抜けるだろう。」というのだ。言われてみると、はるか昔からグラグラしていたのは下の前歯だけでない。周りの歯も動きこそ小さいが指で触ると多少はグラつく。


 私の母という人は、とても歯の状態が悪かった。五十になるまでにほとんどの歯が抜けていた。入れ歯をはずしてハハハと笑うと、ハハハどころか歯なんかまったく無く実に不気味だった。「ちょっと待ってくれ。あれはいやだ。」とおもわず思った。で、歯科医の先生に「何とか保存してもらえないか。」とお願いした。先生は、「無駄だとは思います。」とぶつくさ言いながら、「ともかく歯石を取りましょう。」といいつつ、ヘラのようなもの(スケーラーというらしい)を手にしてガリガリと歯石を取りだした。そして、何やらシンナー臭いものを取り出して、グラグラしている歯をベタベタとくっつけていった。シンナーの匂いは割と趣味なのでたいして気にはならなかったが、ボンドで歯をくっつけるという治療法に関しては「おい、こんなもので本当になんとかなるのかよ。」と思った。


 先生は「これで歯がしっかりしました。もうせんべいを食べても大丈夫ですよ。これでしばらくもたして、いよいよダメになったら。どんどん抜いていって。入れ歯にしていきましょう。」といったが、このあとにすぐせんべいを食ったら、接着ボンドは一発で外れてグラグラ歯はもとのもくあみ。しばらくどころか一日ももたなかったわけだ。

 このあと、ここに何度か治療に行ったが、はずれたボンドのをきちんとくっつけることさえしてくれずに、エステのような治療ばかりチマチマとやっていった。具体的にはあっちこっちの歯の根元をちょっと削り、そこに爪切りで切った爪のような奇妙なものをペタペタくっつけていくのである。「後退した歯茎を整える。」とか何とか言っていたが、グラグラの歯を何とかするのでもなくあっちこっちに残った歯石をとるのでもない。いくら素人といえこんな治療を続けていって果たして意味があるのだろうかと思い出し、いつとは無しにここには治療にいかなくなった。



しかたなく保険の効かないよりいい治療を受けることにする

 その後、数年間、グラグラした歯をごまかしごまかし使いながら、やり過ごしていったが、たしか京都へ用事があって行ったとき、知人とうどんを食べていてついに「こりゃダメだ。」と悟った。グラグラしながらもしつこくくっついていた下の前歯がうどんを噛んだとたんクネッと曲がったかと思うや後ろにコテンと倒れたのである。びっくりして指で触るとほとんど何の抵抗もなくスポットと抜けた。慌ててこれを基の場所に押し込むと、何事もなかったかのような顔をしたが、内心、大慌てだった。いよいよ、我が歯はここまで切羽詰った状態に到達したらしい。というのも、周囲の歯もグラグラぶりではこの歯に負けじ劣らずだったからだ。

 東京に戻ると、こんどは、本気で、まともな歯科医院を探しだした。保険医では時間や費用の面で徹底した治療がどうも受けられないと感じていたので、部下(仕事上の)に保険を扱わない歯科医院を調査してもらった。リストができたあと電話を片っ端からかけて、このうちの赤坂のとあるホテルの地下にある某歯科クリニックに行ってみた。なぜ、ここを選んだかというと、「うちは患者さんに苦痛を与えないスケーリングや治療をするんですよ。痛いのは私自身いやですからね。」と院長が電話口で言ったからだ。院長に言われるまでもない。どうせ金をまるまるとられるのならやはり痛いのはいやだからね。保険なら費用が安く済むから痛くてもしょうがないが、高い金をとられるなら痛いのはおことわりというわけである。人間とは実に勝手なものだ。

 いずれにせよ、このクリニックにおいて治療が始まった。でもレントゲンを取るやいなや院長に驚かれた。「いやー、お口の状態が悪いですね。」当たり前である、悪くなかったら誰が保険も効かない歯科医院に来る!「治療方針としては極力歯を保存してもらいたい。」と例の私のポリシーを主張した。院長は「骨が後退して、あっちこっちの歯が浮いています。この状態では極めて難しいですが、努力しましょう。」と言いながらも金が儲かるものだからもみ手をしながらこちらの言い分をフンフン聞いた。で、次の週から毎週、通うことになった。

 まずは、歯石採りつまりスケーリングである。「よく、これだけためましたね。」と感心されたが、ほめられているのかけなされているのかさっぱり分からない。金ならともかく歯石なんぞためたことを感心されてもしょうがない。歯石にせよ、これだけためると採るにも時間がかかるらしい。毎週一回、口の中を四分の一ずつスケーリングして約一ヶ月は必要とのこと。ただ、ひとつ良かったのは、ここではブラッシングを衛生士が指導してくれたことだ。以前の保健医では、わざわざ尋ねたところでロクに教えてくれなかった。磨き方を教えてもらって分かったのは、私の今までの歯磨きはまったく何の効果もなかったという事実だ。いちおう、歯周病のため薬用の歯磨きを使ってはいたのだが、ブラッシングがまるでダメなわけだから、バイキンは口の中で元気一杯生き延びていたのである。院長曰く「その薬用歯磨きは飲み薬としての効果は多少あったようですが、歯に対する直接効果はほとんどゼロです。」と言われた。


 こうするうち二ヶ月ほどが過ぎて、院長は「歯石もとりましたのでいよいよグラグラした歯を治療しましょう。」と言い出した。どうするのかと聞くと「ボンドでつけてガッチリさせる。」という。前の保険医のヤブ先生と同じことをするというので、少々、疑念がわいたので「前に同じことをしましたが一日でとれてしまった。」というと、「一番強力なのを使いますから。」ときた。まー、ここまできたのだからまかせてみるかと院長に一任した。このボンドづけも何回かに分けてやってもらい、何とかグラグラしていた歯は普通の状態になった。ただ、まったくぐらつかなくなったかというとそうでもない。ブラッシングのおかげがしばらくは、ガチッとした状態だったが、そのうち、接着された歯全体でもって大きくゆっくりとダイナミックに動くような感じがしだした。また、いくら強力でもボンドはボンドだからしばし外れる。するとまた、そこだけくっつける。


 院長は「よくなっていますよ。」と行くたびにいうのだが、レントゲンを撮る限りでは、あまり変わっていない。一年目はスケーリング効果からかあまり進行はしなくなっていたが、二年目からは、再び状況が悪くなってきた。このころには通院が三ヶ月に一回程度になっていたが、下だけでなく上の歯(たぶん右の犬歯)でグラグラするのが出てきた。院長に聞くと「おかしいな。」と首をかしげるばかり。そうやこうやで三年目になると、主に下の歯だが、ボンドがやたら外れるようになりだした。強力なボンドでももうダメらしい。「どうなっているんですか。」と聞くと、「やはり歯は年とともにだんだん弱っていくのだから、少しずつ入れ歯に換えて慣れていったほうがいい。」と言い出した。話が違うではないか、湯水のように治療費を使ってきたのは保存してもらうため…と言いたいところをこらえて、「こりゃダメだな。」と思い出し別の歯科医を探すことにした。



私の口の中は最新式歯周病治療のディスプレイ棚

 今度は、自分で徹底的に歯科医院の調査をしてみた。横着して人に調べてもらっていたのがいけなかったと思ったためだ。一応、元ジャーナリストだったので、取材、調査はお手のもの。片っ端から調べていって、どうも弘岡先生のところが、一番、自分の希望を聞いてもらえそうだと直感した。治療費は高そうだが、保険などは全く使うつもりがないから、全然、気にならない。ここまできたらやけっぱち、今さら治療費をけちってもしようがいないからね。

 ところが、ここでも、先生に驚かれた。ざっと歯を見てもらい、例によってレントゲンを撮ったら「これはひどい。」ときた。先生!そんなことは分かっているのだよ。話によると、以前より病状は進行していて、下の歯のほとんどが空中浮遊状態だという。それどころか、上の歯にも歯周病の進行は及んでいるというのである。以前の歯科医院の段階ですでに上の歯のぐらつきが分かっていたのも道理なのだ。先生によると(衛生士さんも同じく)、「全然、歯石がとれてない。」という。私は怪訝に思って「いや、前のクリニックではかなり徹底的にやっていましたよ。」「それに、私もかなりよくブラッシングをしています。」というと「見える部分はよくやっているが、見えない部分の歯石が全くとれてない。まったく歯科医師の怠慢。」と答えた。先生によれば「歯周病の場合、虫歯の菌とは菌の種類が違うからむしろ歯の隠れた部分(歯周ポケットというらしい)にたまった歯石をとらないと歯周病の進行はとまらない。」のだという。私の今までの治療は残念なことにまったく歯周病には効果がなかったのだというのである。

 ここで、またまたスケーリングである(一体、何回やったことか)。しかし、今度は前よりもさらにすさまじい。一回では無理なため四回に分けたのだが、麻酔を打ってもらって歯肉の中深くヘラつまりスケーラーを入れ中の歯石を掻き出す。ゴリゴリガリガリ、ゴリゴリガリガリ、まるで工事現場のようだった。時には歯肉をベローンと切り開いて歯の根元(見える部分の根元でなくほんとうの歯の根元)を露出させここの歯石をスケーラーで掻き取る。まさに手術である。先生曰く「ここまで徹底的に歯石をとらないとダメなのだ。」という。確かに、このスケーリングは効いた。このあと、ブラッシングをするごとに歯肉が締まってゆき歯がガシッとしてきた。今まであった歯のグラグラ状態がまるで見られないのだ。歯を支えている骨と歯の根元部分に直接、ボンドを入れたような感じである。

 さて、痛かったスケーリングも終わってここからは、本格的手術のオンパレード。まず、左下の臼歯を含む三本をごそりと抜く。このあたりの歯は、まったくの空中浮遊状態で、支えるものはすでにないのだという。レントゲン写真を見ると、歯の周りは黒々と空洞として写っている。これらは歯どうしのボンドづけでかろうじて、歯肉の中に浮いていただけなのだ。すでに、まとめてご臨終の状態だった。先生曰く、「ここにはインプラントを入れるしかない。」。まあいいか、入れ歯よりはましである。同時に左側の歯全体をゴリゴリ削り、プラスチックの仮歯を被せる。主にインプラントと左下の奥歯の手術をするための準備なのだそうだ。


 これが済むと、急に上の前歯に飛んで、世にも不思議な手術を行いだした。エムドゲインという豚の歯(牛の骨じゃないよ!)を成分とした薬剤を使った手術だ。これで、後退した歯周組織を再生させるのだという。おいおい、そんなことができるなら全ての歯についてやってくれないかい!。ダメらしい。骨がどんな具合に融けているか(後退しているか?)によって、これが可能な場合と可能でない場合があるのだそうだ。私の前歯の場合、何とかなる可能性があるらしい。例によって歯肉を切り開き、この豚グスリを塗って、また歯肉を閉じた。すでに私は、ブラッシングマニアになっていたのでごしごし歯を磨くため、あとで、歯の隙間からこの成分が漏れないか心配になったので、先生にチェックしてくれと言ったら、笑われた。薬剤はすぐに吸収されてなくなってしまうというである。シリコンなどとは違うのだ。これでもって、あとは歯周組織が自然に戻ってくるというからまるで手品みたいである。私の場合は、どうだったかというと、実際に歯の周りの組織が戻ってきた。数ヶ月おきにレントゲン写真を見ると、確かに、根元近くまで後退していた組織が戻っている。最終的に五ミリぐらい戻ったというからたいしたものだ。まるで歯の周りの骨が再生したかのようだった。豚の歯さまさまだ。これからは豚に足を向けて眠れないな。


 それから数ヶ月後、左下の奥歯二本の手術。始めここもエムドゲインを使う予定だったが奥歯は根っこがいくつも分岐しているため思ったより菌が中まで入りこんでいて歯肉を開いた状態でこりゃ無理ということが判明。しかたなく歯を半分にカットして保存するという今まで事例のない手術に変更。手術のあと、レントゲン写真見ると、左半分づつになった二本の歯が残った。下の残せそうな前歯を含めここに義歯でもってブリッジをかけるという。残念ながら、この二本は、菌をすっかり取り除いたあとも、少しづつ骨が後退し、最後には(とはいっても二年ほどかかったが…)、支えるものがまったく無くなって抜かざるをえなくなった。ある限界を超えると、もう、歯の周囲の骨は歯を支える力を失うようだ。原因を取り除いても歯を支える骨は無くなるのだから歯周病のプロセスは謎めいている。一筋なわではいかないようだ。

 この二本が抜けるよりはるか以前、次なる手術が行われた。右上の奥歯のところだ。以前通っていた歯科医院の院長は「上の歯はまったく悪くなっていませんよ。よかったですね。」と宣ったわけだから実に無責任な話である。何のために保険の効かない多額の治療費をふんだくっていたのか。ここも、左下の奥歯同様、臼歯なので、複雑に枝分かれして菌が奥まで進入していた。また、歯を半分カットかとうんざりしていたら、先生は「歯の枝の根元まで菌が入っている。分岐部分を露出させ、ブラシで磨けるようにしてみる。」と言い出した。この部分をブラシでゴソゴソかきて混ぜ空気にさらし菌を殺すというのだ。これも、歯周病の菌が虫歯のものと違い空気を嫌う菌(嫌気性菌という。虫歯のは空気が好きな菌で好気性菌というのだそうだ)なので、こんな器用なことができるのである。実際に現在までで四年以上になるが、この歯は歯の真横に大きな穴を開けながらもピンピンしている。不思議なものである。以上で周辺の手術は終わった。いよいよ本命であるインプラントの埋入手術である。ここまでですでに弘岡先生のところに通い出し都合一年は経っていた。



インプラントと自然歯を利用した義歯で下の歯の機能をすべて回復

 何で一番先にこのインプラント手術をやらなかったかというと、口の中の菌を完全に取り除き(さもないとインプラントに菌が感染するからね)、さらにある程度これを支える骨の部分がしっかりしてからでないとやれないのだそうだ。私の場合、歯周病の菌がウジャウジャ口に中にいたし、それによりあっちこっち骨も弱体化していたので安定するまでこの手術が不可能だったという。何しろ右下の奥歯から前歯の部分にかけて七本も埋入するのである。よほど骨がしっかりしてくれてないといけない。私の場合は、歯周病の状態がとくにひどく、相当に骨が後退していて本来ならインプラント自体難しいらしいのだ。

 インプラント手術は、まず、ネジのようなものを骨に埋入することから始まる。一度に七本も入れると大変だから二回に分けようかといわれたが、手術、手術でうんざりしていたので嫌なことは一回で済ましたほうがいいと思い「一度でやってください。」と頼んだ。ところが、この選択はとんだ失敗だった。ドリルを換えながら小さい穴から大きな穴へとゴリゴリギリギリガリガリ、一箇所につきながながと手術が進んでいく。まるで口の中で道路工事、地下鉄工事のヒットオンパレードである。七箇所ともなると麻酔を効かせていても無限の時間のように思える。

 数時間にしてようやく手術は終わり、開いた歯肉は閉じられ糸で縫合された。が、その日は家に帰ってからひどい熱を発し寝込んでしまった。私は結構、手術に強いほうらしく帰りしな抗生物質をもらって飲むと、ほとんど、痛んだり、腫れたり、熱を発したりしない。かりに痛んだり腫れても一晩寝れば、元へもどった。ところが、インプラントの手術は、やった本数が多かったらしく数日、熱っぽく腫れっぽかった。聞けばこの手術は一次オペという。この後はしばらく休みで仮歯のチェックとかスケーリングでお茶を濁す。埋め込んだインプラントの支えの金属部分が安定するまで次の段階に進めないのだ。

 約四ヶ月ほどして次なる手術、つまり二次オペに進む。歯肉の下に埋め込んだネジ、つまり金属部分に蓋(?)をつけるのだという。これは、一次オペに比べると楽なものである。歯肉の部分を少し開いて蓋らしきものをつけるだけだ。手術はとてもあっけなくすぐに終わった。この後、しばらくたってから先生は歯型をとり、この土台の上に載せるインプラント義歯の設計を始めた。感心したのは、技工士の人が私の歯の色までチェックしていったことだ。私の他の歯の色と同じにするという。歯は白一色だけだと思っていたのだが見本を見ると真っ白から黄ばんだのまで数十種類ある。これには驚いた。そこまでできるのか!


 さらに一ヶ月。ここに通院しだして一年半以上。いよいよインプラントの義歯部分の装着である。装着は簡単で二次オペの時につけた蓋(?)をとって、義歯をネジではめ込む。義歯の上にネジを締める場所があり、ここをねじ回しのようなもので、締め込んでいく。一時間ほどで、ネジは締めあがり、インプラントの装着完成。いよいよ、右下の奥歯から前歯にかけて元の歯の状態が復活した。元あった歯にして約八本分だ。うれしくなって家に帰ってから、少々、不安半分ながら咀嚼テストをしてみた。まず、硬いキャベツを噛んでみた。パリ、当然ながら、何てことない。ついで、たくあんときゅうりの漬物。パリパリパリパリ、軽い軽い。最後に硬いせんべいをバリバリ噛んでみた。今までとは違って歯ではなくせんべいのほうがみごと粉砕。しかもなんともない。バンザイ。あとは、左下の歯だけだ。


 インプラント手術も終わり、いよいよ最後の治療に入った。左下の歯の義歯作成と装着だ。こちらは多少、歯が残っているので、支えるのは元からある歯だ。その前に、まず、以前にやった左下の半分づつになった奥歯の撤去。前にも言ったがこれらは残念ながら骨がすっかり後退し空中浮遊状態となっていたので、泣く泣く抜歯と相成る。これが済んでから、歯というか口の状態を型どる。二週間ほどたって義歯が完成したのでさっそく装着。これはインプラントではないのでネジでは締められないのでオール糊付け。少々、不安だったが、みごとピタリとくっついた。技工士さんが上手らしく、前より、噛み合わせが良くなっている。インプラントの時同様、パリパリ、バリバリ、キャベツからせんべいまでトライしてみた。もちろんノープロブレム!


 この辺までくるとかなりブラッシングの効果というものがはっきりと自覚でき出した。ブラッシングは歯石がきちんと取れていない時、菌が残っているうちは、いくらいい磨き方を教わり、いいブラシを使ってもさほど劇的な効果は出せない。なぜなら菌が下でウジャウジャ蠢く歯肉の上をゴソゴソとブラシでかき回しているだけだからだ。ところが、歯石が完全にとれると歯肉が引き締まり、グラグラしていた歯ががっちりする。初めロクでもない歯科医(失礼!)にかかったためブラッシングなんて…と半信半疑だったのたが、ここに来てその認識を改めた。もっとも、自分にあった磨き方を完全につかむのはそう簡単ではないが…。



まとめ

 そろそろ読んでいる人もうんざりしてきただろうが、書いている本人もうんざりしてきた。しかし、これが私の現実なのだからしたかない。我が歯はかくも悪かったため、かくも、いろいろな治療、手術をしなくてはならなかったのである。始めにも言ったように私が使った時間、治療費は一般人の域を越えていると思う。でも、本当にひどい歯周病を治そうと思ったら、このぐらいの時間、治療費の支払いは必要なように思える。

 ひどい歯周病を治すには、最新式の進んだ治療法に精通し何でも試みてくれる腕のいい歯科医の先生。徹底的に治すための長い時間、それに年収にも匹敵する膨大な治療費。さらにアフターケアである熱心なブラッシング。どれがかけても、ダメになった歯の機能は回復しない。これをみなにいうと、そんなに金がかかってメンドウなら全部抜けたほうがマシと反論されることが多い。別に反対はしない、そういう人はご自由に。ただ、歯が抜けてしまえば、不便このうえないことはたしかだ。男女を問わず老いぼれるのが極端に早くなる。いくらブランド品できれいに着飾ってもフガフガモガモガや笑うとハハハの歯無しではしょうがないだろう。それに、英語を話すときFはどうやって発音する。いや、それ以上に歯が無きゃたいしたものも食えないから、金があってもそんな人生が快適といえるのか?


 手足が無くていいという人はいまい。美的なことは別にしても、歯でもなんでも本来あるものはあったほうがいいのである。年をとったら目はかすむもの、耳は遠くなるもの、歯は抜けるもの…というのが世間の常識だが、弘岡先生によるとこれはウソらしい。目耳はともかく「歯」は、年をとるから抜けるのでなく歯周病という病気(一種の感染症だそうだ)だから抜けるのだという。歯周病さえなければ、よぼよぼになったところで歯はピンピンしているそうだ。

 40~50歳までで日本人の九割は歯周病になり、60歳までにほとんどの人の歯はあっち抜け、こっち抜けの状態になるが、とくに絶望的な状態になる人はそのうち一割もいないのだという。私はその一割組だが、ゼニと根性をかけたこの闘いで、下の歯は、右が奥歯の一本(親知らず)を除いて全滅。左は前歯一本と奥歯が二本ご臨終。


 上の歯は全部保全(つまり、まるまる残したわけだ)という戦果だった。残った歯が多いのか少ないのか私にはさっぱり分からない。でもひとつだけ分かっていることは、もっともっと早く適切な治療を開始していたら、残せた歯の本数は飛躍的に多かったということだ。ヤブ先生たちのところでボンドなどをつけて遊んでいる暇などなかったのである。歯を残そうと思うなら始めに歯科医を選ぶのは相当に重要なことらしい。でも、私としてはこれで十分満足なのだ。私は自分のポリシーに基づいてかくもすさまじい治療を試してきたからだ。かりに放っておいたとしたら今ごろ私の母同様立派な歯無し家になっていたのに、それがストップできたからだ。


 治療後、三年になる。一時は、インプラント埋入部分の骨がどんどん後退したりしてヒヤリとさせられたが、それも昨今は落ち着いた。先生によれば原因は不明とのこと…。一年目までが一番危険だが、三年ももてば以後も何とか持ちそうだという。これからもせっかく機能を戻した歯だから、ブラッシングにはげみ、もたせるだけもたせるつもりだ。これもチャレンジと思うと結構、楽しい。

 それでは、失敬。この駄文が歯周病に悩む人の参考になれば幸いである。



2002年1月



弘岡先生の治療手記

患者さんは48才男性です。“ものが噛めない“と来院されました。お口の中を拝見しますと各所の歯茎からの出血と排膿(膿がみられます。患者さんご自身がおっしゃってるように下顎の前歯はスーパーボンド(いわゆる接着剤)で固定されていました。写真:1、2、3
X線を見ますと下顎の前歯部や奥歯が顎骨の中に浮いていることがわかります。写真:4


写真:1 初診時の口腔内写真1

写真:2 初診時の口腔内写真2

写真:3 初診時の口腔内写真3


写真:4 初診時のX線写真


患者さんは48才男性です。“ものが噛めない“と来院されました。お口の中を拝見しますと各所の歯茎からの出血と排膿(膿がみられます。患者さんご自身がおっしゃってるように下顎の前歯はスーパーボンド(いわゆる接着剤)で固定されていました。写真:1、2、3
X線を見ますと下顎の前歯部や奥歯が顎骨の中に浮いていることがわかります。写真:4



つまり、歯周炎で歯の支持組織が失われていることが明瞭でした。歯を固定する為の接着がところどころ破折し、歯は動揺をきたしていました。これではものが噛めない訳です。もちろんお口を開けた時の口臭はたまったものではありませんでした。
まず最初に診査診断を行いました。上顎全歯の保存および下額の歯をできるだけ保存すること、そしてインプラントを土台にして人工の歯を作ることにより咀嚼と審美の回復をはかることを治療方針としてたて、患者さんから同意を得ました。まず、患者さんにこの病気、歯周病がなぜ起こるか、つまり細菌感染であることを十分理解してもらいました(モチベーションを行う)。

全顎にわたって麻酔下のもと、ヨード(手術時の消毒によく用いられます。うがい薬と用いられるイソジンです。)を用いた超音波洗浄器を併用してスケーリング、ルートプレーニング(歯肉縁下からの感染層をとること)を行いました。保存できない歯牙は抜去させていただき、仮歯(テンポラリ-ブリッジ)が口腔内に装着されました。この初期治療の後再検査を行ったところ、ポケット底からの出血(歯茎の下の感染、炎症をあらわします)はなくなり、口腔内から感染は除去され、炎症がコントロールされました。患者さん永年の痛み、排膿がとれたことにより大変協力的でした。

歯周治療において術者側の歯肉縁下からの感染の除去と同時に、患者さんサイドの歯肉縁上のプラークのコントロールは歯周治療成功の為に必須であります。口腔内を見ますと歯周治療の副作用の一つである、歯肉退縮が各所にみられます。X線の上で右の上糸切り歯(犬歯)の近心に骨の欠損が認められました。幸いなことに、この時点で私が専門とする歯周組織再生利用法の一手段であるエムドゲインィがスウェーデンから輸入され、厚生省の認可がおりた時と同時期でしたので、エムドゲインィ療法、つまり支持組織の再生療法をこの部位に行いました。写真:5
術後6ヶ月で骨の再生がX線上に認められました。写真:6


写真:5 エムドゲイン塗布

写真:6 術前術後のX線写真(骨の回復が見られる)


最新の歯周治療のおかげで患者さんの上顎全歯列は健康なまま保存することが可能になりました。下顎の欠損部位にはこれもスウェーデンから始まりましたブローネマルクシステムインプラントによって咀嚼と審美の回復をはかることを決定し、インプラントのフィクスチャー(人工歯根部)の埋入手術を行いました。写真:7、8


写真:7 インプラント処置1

写真:8 インプラント処置2


下顎左側臼歯部は一般的な歯牙支持によるブリッジによって咀嚼の回復をはかりました。下顎はインプラントと一般的なブリッジの併用によって新しい歯列が人工的に回復されました。
これら最新のSweden発の歯科治療のおかげで患者様の口腔内の健康は回復されました。


写真:9 治療後の口腔内写真1

写真:10 治療後の口腔内写真2

写真:11 治療後の口腔内写真3


写真:12 10年後のX線写真
(上顎は全部の歯が保存することに成功。
下顎はインプラントと天然歯の支持によるブリッジにより歯列が回復された。)



もちろんこのようなリスクのある患者さんの場合(お母さまも若い頃に歯を失ったということです)術後のメンテナンスは必須であります。この患者さんの場合、術後3ヶ月に1度、術者側の縁上の、プラークコントロールのために来院して頂いております。
その後、10年以上たった現在も定期的なメンテナンスにより病気の再発もせず、口腔内の健康は維持されています。



写真:13 10年後の口腔内写真1

写真:14 10年後の口腔内写真2

写真:15 10年後の口腔内写真3


写真:16 10年後のX線写真


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